■用途
鉛は、鉄に比べて1.4倍重い元素で、青みを帯びた白色または銀灰色の光沢をもつ金属ですが、空気にふれると酸化されて鉛色(青灰色)に変色します。比較的柔らかく、加工が容易なため、古代エジプトの遺跡からは鉛のメダルが発見されています。ローマ遺跡でも鉛の水道管がみられます。また、その毒性も古くから知られ、医学の父と呼ばれるヒポクラテスは、紀元前370年頃に、金属精錬作業者の腹痛の原因が鉛中毒であることを指摘しています。このように鉛は、古代から人類と深くかかわってきた金属で、現在も鉛はその化合物とともに多方面で利用されています。
鉛は、主にバッテリー(蓄電池)として使われています。バッテリーは、鉛と希硫酸の化学反応を利用して充電や放電を行います。この他、はんだの原料としても使われています。はんだは、鉛とスズの合金で、電子部品の接続材料の主流を占めています。このほか、鉛はガンマ線などの放射線の遮へいのためにも使われています。
また、猟銃の弾丸や釣りの錘にも一部使われており、野生生物への影響や土壌汚染が問題となっています。鉛散弾による水鳥の中毒事故を防止するために、2000年度の猟期から、鉛散弾の使用を禁止する「鉛散弾規制地域」を都道府県が設定する制度が設けられています。
なお、かつてはノッキングを起こりにくくするために、自動車のガソリンに鉛の化合物が添加されていましたが、現在ではレギュラーガソリン、ハイオクガソリンとも鉛の添加は禁止されています。
鉛の化合物には、酸化鉛や硝酸鉛などがあります。
酸化鉛には一酸化鉛や二酸化鉛などがあります。一酸化鉛は、赤色から黄色の固体で、屈折率を高めるためにガラスに加えられ、その含有率が24%以上のものはクリスタルガラスと呼ばれています。この他、蛍光灯やテレビのブラウン管、塩化ビニル樹脂の安定剤の原料などに使われています。二酸化鉛は、褐色の固体で、バッテリーの電極に使われるほか、サッシ用パテや建築用シーリング剤に利用されるプラスチックを製造する際の硬化剤としても使われます。
硝酸鉛は、白色または透明の固体で、マッチや爆薬の原料として使われます。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約3,900トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが非鉄金属製造業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが事業所内において埋立処分されました。この他、鉛は石炭中に微量に含まれていることから、石炭火力発電所で使用される石炭の燃焼に伴って排出されました。過去には自動車排気ガスに含まれて大気中に排出されていたと考えられますが、現在ではこれらからの排出はありません。この他、鉄鋼業などの事業所から廃棄物として約4,600トン、下水道へ約0.1トンが移動されました。
土壌中の鉛は、鉱物表面や土壌中の有機物に吸着するため、鉛を吸着した土壌粒子が侵食されることによって、河川などに移動する可能性があります1)。河川では、鉛やその化合物の多くは水に溶けにくく、主に水中の粒子などに吸着した形で存在していると考えられます1)。大気中ではおもに粒子で存在し、風や雨とともに地表に降下すると考えられます1)。また、鉛の粒子は非常に小さいため、遠くまで運ばれることが報告されています1)。
なお、鉛は地殻の表層部には重量比で0.0015%程度存在し、クラーク数で36番目に多い元素です。水や大気中から検出される鉛には、人為的な排出のほかに地質に起因するものが含まれます2)。
■健康影響
毒 性 硝酸鉛は、マウスの骨髄細胞を使った変異原性の試験で、陽性を示したと報告されています3)。この他、ハムスターやラットに硝酸鉛や酢酸鉛を静脈注射した試験では、母体内にある胚(胎子になる前段階)の死亡率の上昇や生まれた子に奇形が認められています3)。
発がん性に関しては、特定の無機鉛化合物については実験動物において発がん性を示す十分な証拠が入手できる4)として、国際がん研究機関(IARC)は鉛の無機化合物をグループ2A(人に対しておそらく発がん性がある)に分類しています。また、金属鉛及び有機鉛については発がん性の報告が不十分で評価できない5)として、鉛そのものをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)、鉛の有機化合物をグループ3(人に対する発がん性については分類できない)に分類しています。
鉛は、人体への蓄積性があることから、消化管からの吸収率が高く、最も感受性が高い乳児の代謝研究結果から、TDI(耐容一日摂取量)は体重1kg当たり1 日0.0035 mgと算出され、これに基づいて水道水質基準や水質環境基準が設定されています6)。なお鉛は、人の臓器や組織に通常でも存在する物質です。また、食品安全委員会では現在、鉛のTDIについて検討を行っています7)。
わが国では、自動車ガソリンの無鉛化対策や固定発生源に対する排出規制が推進された結果、1976年時点ですでに鉛の大気汚染はかなり改善されたことから、健康への悪影響は考えられないと判断され、大気環境基準は設定されていませんが8)、大気汚染防止法では有害物質として排出規制が行われています。世界保健機関(WHO)は、鉛の大気質指針として0.0005 mg/m3を設定しています3)。
体内への吸収と排出 人が鉛を体内に取り込む可能性があるのは、食物や飲み水、呼吸によると考えられます。また、乳幼児はものをしゃぶるため、土壌や室内の塵などから体内に取り込まれる割合が大人より高くなっています7)。体内に取り込まれた場合は血中などに分布したあと、90%以上が骨に沈着します3)。主に尿に含まれて排せつされますが、体内の濃度が半分になるには約5年かかり、長く体内に残ります5)。
影 響 水道水の原水、河川や地下水においては、一部で水道水質基準や環境基準を超える濃度の鉛が検出されています。
鉛は、上水道の水道管として長い間利用されてきました。現在は水道用鉛管の使用は禁止されていますが、一部では既設の鉛管が取り替えられずに使われているところもあり、水道水からも検出されることがあります。そうした水道管を使っている家庭などでは、朝一番の水道水は、しばらく流してから飲み水に使うことが勧められています。
鉛は大気中からも検出されていますが、その濃度はWHOの大気質指針値よりも低いものでした。
なお、(独)産業技術総合研究所では、鉛について詳細リスク評価を行っています1)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、塩化鉛による藻類の生長阻害を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.0002 mg/L(鉛として)としています9)。河川や海域からこのPNECを超える濃度が検出されており、環境省では鉛及びその化合物を詳細な評価を行う候補としています9)。なお、鉛の化合物は、四エチル鉛の魚類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、上記のPNECは魚類の有害性から導くPNECより低い値です。
(独)産業技術総合研究所では、鉛について詳細リスク評価を行っています1)。
性 状 |
鉛:青みを帯びた白色または銀灰色の固体
一酸化鉛:赤色から黄色の固体
二酸化鉛:褐色の固体
硝 酸 鉛:白色または無色の固体 |
生産量10)
(2010年) |
【鉛】
国内生産量:約260,000,約220,000トン(電気鉛)
輸 入 量:約11,000トン
輸 出 量:約48,000トン
【一酸化鉛】
輸 入 量:約2,700トン
輸 出 量:約140トン
【二酸化鉛】公表データなし
【硝酸鉛】公表データなし |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約3,900トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
97 |
大気 |
1 |
事業所(届出外) |
2 |
公共用水域 |
0 |
非対象業種 |
1 |
土壌 |
1 |
移動体 |
− |
埋立 |
98 |
家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約3,800トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
非鉄金属製造業 |
99 |
電気機械器具製造業 |
0 |
下水道業 |
0 |
金属製品製造業 |
0 |
鉄鋼業 |
0 |
事業所(届出)における移動量:約4,600トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
鉄鋼業 |
58 |
非鉄金属製造業 |
18 |
窯業・土石製品製造業 |
8 |
電気機械器具製造業 |
6 |
金属製品製造業 |
3 |
PRTR対象 選定理由 |
鉛:発がん性,経口慢性毒性,吸入慢性毒性,作業環境許容濃度
鉛化合物:発がん性,変異原性,生殖・発生毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(四エチル鉛:魚類) |
環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査(一般環境大気):測定値点数38地点,検体数449検体,最小濃度0.00000001 mg/m3,最大濃度0.000099 mg/m3;[2009年度,環境省]11)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数;原水2/5221地点,浄水0/5441地点;[2009年度, 日本水道協会]12) 13)
公共用水域
- 公共用水域水質測定:環境基準超過数11/4450地点,最大濃度0.068 mg/L;[2010年度,環境省]14)
地下水
- 地下水質測定:環境基準超過数;概況調査11/3219本,汚染井戸周辺地区調査1/115本,継続監視調査9/189本;[2009年度,環境省]15)
土壌
- 土壌汚染調査:環境基準超過数(1991〜2009年度累積)2481事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]16)
生物(鳥)
- 化学物質環境実態調査(鉛として測定):検出数8/8検体,最大濃度0.47 mg/kg;[1980年度,環境省] 17)
生物(貝)
- 化学物質環境実態調査(鉛として測定):検出数15/15検体,最大濃度0.30 mg/kg;[1979年度,環境省] 17)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査(鉛として測定):検出数0/40検体(検出下限値0.05 mg/kg);[1979年度,環境省] 17)
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適用法令等 |
- 水道法:水道水質基準値(鉛及びその化合物)鉛の量として0.01 mg/L以下
- 水質環境基準(健康項目):0.01 mg/L以下
- 地下水環境基準:0.01 mg/L以下
- 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準0.1 mg/L以下
- 土壌環境基準:0.01 mg/L以下
- 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準0.01 mg/L以下,土壌含有量基準150 mg/kg以下
- 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)0.3 mg/L以下
- 労働安全衛生法:管理濃度 0.05 mg/m3(鉛として)
- 食品衛生法:残留農薬基準 例えば,ばれいしょ1.0 ppm,りんご5.0 ppm(鉛として)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献