■用途
合成界面活性剤は1910年代から開発が始まり、第二次世界大戦後はABS (分岐鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩)が、その主流を占めていました。しかし、ABSは環境の中で分解されにくいため、ABSが盛んに使われていた1950年代から60年代にかけて、下水処理場や河川の堰ではふわふわした泡が立ち、それらが風に飛ばされ、欧米や日本で社会問題となりました。そこで、ABSに代わるものとして、微生物によって分解されやすい直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(以下「LAS」と表記します)が開発されました。
LASは、常温で白から黄色の固体で、直鎖アルキルベンゼン(石油から合成される物質)を三酸化硫黄(硫黄から作られる物質)と反応させた後、アルカリで中和してつくられ、油を溶かす性質をもたらすアルキル基の炭素の数が異なる物質の混合物です。LASの生産量は、近年多様な界面活性剤が開発されたことにより、少しずつ減る傾向にあります。
LASの用途は、約8割が家庭の洗濯用洗剤、2割弱が業務用洗浄剤としてクリーニング、厨房や車両洗浄などに使われています。また、わずかですが、繊維を染色加工する際の分散剤や農薬などの乳化剤にも使われています。家庭の台所用洗剤にはほとんど使われなくなっています。
■排出・移動
2010年度PRTRデータによれば、わが国では1年間に約15,000トンが環境中へ排出されたと見積もられています。多くは家庭から洗濯用洗剤の使用に伴って排出されたほか、中小の事業所などから排出されたもので、ほとんどが河川や海などへ排出されました。一部は農薬の使用に伴って排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約250トン、下水道へ約35トンが移動されました。
家庭からの排出量は、ほとんどが下水処理場や合併浄化槽などの排水処理設備が整っていない地域の家庭から排出されたものです。2010年度末の下水道や浄化槽などによる汚水処理人口普及率は86.9%でした。これらの家庭から排出された場合は、LASは排水処理設備でほとんどが取り除かれ、環境中へ排出されるのはごく一部です。PRTRでは下水道でのLASの分解率を92.7%として排出量を推計していますが1)、下水処理場ではLASの97〜99.9%が除去されるとの報告もあります2)。家庭や店舗などからの下水道等への移動量は、約38,000トンと推定されています3)。
■環境中での動き
水中に入ったLASは、微生物分解されます。分解される速さは、水温や微生物の量、種類などによって異なり、流入したLASが半分の濃度になるには、数時間から数日かかると考えられています2)。また、水中のLASの一部は、粒子などに付着して河川や湖沼の底に沈みますが、これも微生物分解されます2)。
■健康影響
毒 性 家庭で洗剤液として使用された場合の影響に関しては、さまざまな研究がなされています。欧州委員会(EC)では20%以上の濃度でLASを溶かした液は「皮膚刺激性あり」に分類していますが4)、実際の洗剤使用時に人の皮膚にふれるLAS濃度はこれよりも数百倍から1,000倍近く低く、LASを含んだ洗剤は適切に使えば、皮膚への影響はほとんどないと考えられます2)。
LASを長期間にわたって人体に取り込んだ場合の影響を、人を対象とした実験で調べた結果はありません。ラットにLASを生涯にわたって、餌に混ぜて与えた実験では、最も多い投与量である体重1 kg当たり1日300 mgを与えても有害性の影響がみられず、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日300 mgとされています2)。
体内への吸収と排出 人は、食物や飲み水を通じてLASを口から取り込んだり、洗濯洗剤液を素手で扱ったり、洗濯した衣類を通して、LASが皮膚にふれる可能性があります。体内に取り込まれた場合は、口からLASを与えたラットの実験では、尿やふんに含まれて排せつされ、2日後には99%近くが、7日後にはすべてが排せつされたと報告されています2)。皮膚からはほとんど吸収されず、ラットを使った実験では、24時間後の体内への吸収は皮膚への塗布量の0.03%程度とされており、口から取り込まれた場合と同様にして、体外へ排せつされると考えられています2)。
影 響 日常的なLAS洗剤の使い方では、使う人が皮膚に何らかの症状を持っているかいないかにかかわらず、皮膚への影響は少ないと考えられます2)。
なお、食物や飲み水を通じて口からLASを取り込んだ場合について、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、ラットの実験におけるNOAELと原水及び浄水における陰イオン界面活性剤濃度の測定値及び魚体内濃度の推計値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、クルマエビの幼生の死亡を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.0037 mg/Lとしています5)。このPNECを超える濃度のLASが河川などから検出されており、環境省ではLASを詳細な評価を行う候補としています。
また、河川にすむ生物のNOEC(無影響濃度)として、平均鎖長13.3のLASによる魚類の60日間の試験から得られた0.11 mg/Lが報告されています2)。(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、このNOECを指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、環境中の水生生物へ悪影響を及ぼしていることが示唆されるとして、LASを詳細な調査や評価などを行う必要がある候補物質としています2)。しかし、一般市場に出まわっているLAS の平均鎖長は11.8であり、これに近い平均鎖長11.7のLASによる魚類の30日間の試験で得られたNOECは0.48 mg/Lと報告されています2)。このNOECを指標とすると、環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性は低いことが示唆されるため、環境中に存在するLAS の鎖長の分布調査を行うことの必要性が指摘されています2)。
性 状 |
常温で白色または黄色の固体 水に溶けやすい |
生産量6)
(2010年) |
国内生産量:約55,000トン(LAS純塩分換算トン)
輸 入 量:約2,100トン
輸 出 量:約620トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約15,000トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
0 |
大気 |
0 |
事業所(届出外) |
19 |
公共用水域 |
98 |
非対象業種 |
12 |
土壌 |
2 |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
69 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約19トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
65 |
繊維工業 |
17 |
衣服・その他の繊維製品製造業 |
8 |
食料品製造業 |
7 |
電気機械器具製造業 |
2 |
事業所(届出)における移動量:約290トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
88 |
下水道への移動 |
12 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
77 |
電気機械器具製造業 |
16 |
輸送用機械器具製造業 |
3 |
繊維工業 |
2 |
プラスチック製品製造業 |
1 |
PRTR対象 選定理由 |
生態毒性(魚類及び甲殻類) |
環境データ |
公共用水域
- 化学物質環境実態調査:
LAS ;検出数12/27検体,最大濃度0.067 mg/L;[2003年度,環境省]7)
C=10;検出数9/27検体,最大濃度0.028 mg/L;[2003年度,環境省]7)
C=11;検出数10/27検体,最大濃度0.017 mg/L;[2003年度,環境省]7)
C=12;検出数11/27検体,最大濃度0.016 mg/L;[2003年度,環境省]7)
C=13;検出数10/27検体,最大濃度0.0061 mg/L;[2003年度,環境省]7)
C=14;検出数0/27検体(検出下限値0.0002 mg/L);[2003年度,環境省]7)
- 要調査項目存在状況調査:
LAS ;検出数8/45地点,最大濃度0.0008 mg/L;[2010年度,環境省]8)
C=10;検出数0/45地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
C=11;検出数6/45地点,最大濃度0.0007mg/L;[2010年度,環境省]8)
C=12;検出数2/45地点,最大濃度0.0003 mg/L;[2010年度,環境省]8)
C=13;検出数4/45地点,最大濃度0.0003 mg/L;[2010年度,環境省]8)
C=14;検出数0/45地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:
LAS ;検出数0/2地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
C=10;検出数0/2地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
C=11;検出数0/2地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
C=12;検出数0/2地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
C=13;検出数0/2地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
C=14;検出数0/2地点(定量下限値0.0002 mg/L);[2010年度,環境省]8)
底質
- 化学物質環境実態調査:
LAS ;検出数10/12検体,最大濃度1.1 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=10;検出数3/12検体,最大濃度0.097 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=11;検出数7/12検体,最大濃度0.35 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=12;検出数9/12検体,最大濃度0.4 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=13;検出数10/12検体,最大濃度0.04 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=14;検出数0/12検体(検出下限値0.0019 mg/kg);[2005年度,環境省]7)
食事
- 化学物質環境実態調査:
LAS ;検出数150/150検体,最大濃度1.6 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=10;検出数150/150検体,最大濃度0.092 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=11;検出数150/150検体,最大濃度0.34 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=12;検出数150/150検体,最大濃度0.62 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=13;検出数148/150検体,最大濃度0.67 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
C=14;検出数137/150検体,最大濃度0.011 mg/kg;[2005年度,環境省]7)
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適用法令等 |
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献