■用途
クロロアニリンは、クロロ基(-Cl)の位置の違いによって、o-クロロアニリン(2-クロロアニリン)、m-クロロアニリン(3-クロロアニリン)、p-クロロアニリン(4-クロロアニリン)の3つの異性体があります。PRTR制度ではこれらをまとめてクロロアニリンを対象物質としています。
o-クロロアニリンは、常温で無色透明の液体で、揮発性物質です。ほとんどが、ウレタン樹脂の硬化剤として利用される3,3´-ジクロロ-4,4´-ジアミノジフェニルメタンの原料として使われています。このほか、医薬品や農薬の原料としても使われています。
m-クロロアニリンは、常温で無色透明あるいは淡い琥珀色の液体で、揮発性物質です。染料・顔料や農薬などの原料として使われています。
p-クロロアニリンは、常温で白色あるいは淡黄色の固体です。染料、医薬品や農薬の原料、合成樹脂の架橋剤として使われています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約0.52トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが化学工業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが河川や海などへ排出されました。この他、化学工業の事業所から廃棄物として約22トン、下水道へ約0.023トンが移動されました。
■環境中での動き
水中へ排出されたクロロアニリンは、水中の粒子や水底の泥に吸着されると考えられます1) 2) 3)。太陽光によって分解されたり4)、大気中への揮発によって失われることが予想されます1) 2) 3)。モデル実験では、揮発によって半分の濃度になった期間は、o-クロロアニリンの場合は河川では7.8日、湖では60日、m-クロロアニリンの場合は河川では42日、湖では310日、p-クロロアニリンの場合は河川では36日、湖では260日と報告されています1) 2) 3)。太陽光による半減期は、p-クロロアニリンは2〜7時間とされています4)。
大気中へ排出された場合は、化学反応によって分解され、その半減期は、o-クロロアニリンは12時間、m-クロロアニリンは5.1時間、p-クロロアニリン9時間と見積もられています1) 2) 3)。
■健康影響
毒 性 3つの異性体の中で、p-クロロアニリンが最も強い毒性を示します4)。o-クロロアニリンとp-クロロアニリンは、動物細胞などを使ったいくつかの変異原性の試験において陽性を示したと報告されています5) 6)。発がん性については、o-クロロアニリンの試験報告は得られていませんが7)、p-クロロアニリンは、ラットに103週間、体重1 kg当たり1日18 mgを口から与えた試験で、副腎の褐色細胞腫、脾臓の肉腫などの発生が報告されています8)。国際がん研究機関(IARC)はp-クロロアニリンをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています。
口から取り込んだ場合の影響については、ラット及びマウスに体重1 kg当たり1日10 mgのo-クロロアニリンを13週間、口から与えた実験では、メトヘモグロビン(血液中のヘモグロビンの鉄イオンが酸化されたもの。酸素との結合が抑制される)濃度の増加が認められ、この実験から求められる口から取り込んだ場合のo-クロロアニリンのLOAEL(最小毒性量)は体重1 kg当たり1日7.1 mgでした5)7)。また、ラットにp-クロロアニリン塩酸塩を103週間、口から与えた実験では、赤血球数などの減少が認められたほか、雄では脾臓に線維増多が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のp-クロロアニリンのLOAELは、体重1 kg当たり1日1.4 mgでした6) 8)。
吸入による影響については、ラットに2.0 mg/m3相当の濃度のp-クロロアニリンを含む空気を2週間吸入させた実験では、メトヘモグロビン濃度の増加などが認められています7) 8)。
体内への吸収と排出 人がクロロアニリンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸、食物や飲み水によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、ラットの実験によると、多くは代謝物に変化し、一部は代謝されないまま、ほとんどが尿に含まれて速やかに排せつされたと報告されています5) 6)。p-クロロアニリンの一部は赤血球中のヘモグロビンと結合して残留するとされています6)。
影 響 食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、メトヘモグロビン濃度の増加が認められたラット及びマウスの実験結果に基づいて、o-クロロアニリンの無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.071 mgとしています7)。飲み水の測定データはありませんが、環境中濃度や食物中濃度の測定結果から判断すると、さらなる情報収集を行う必要性は低いとしています7)。また、p-クロロアニリンについては、赤血球数などの減少が認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.14 mgとしています8)。飲み水の測定データがないため、地下水のデータから計算すると、人が口からp-クロロアニリンを取り込む量は体重1 kg当たり1日0.0000008 mg未満と予測されます8)。これは上記の無毒性量等よりも十分に低く、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
呼吸によって取り込んだ場合については、環境リスク初期評価では、メトヘモグロビン濃度の増加が認められたラットの実験に基づいて、o-クロロアニリン、p-クロロアニリンともに、無毒性量等を0.02 mg/m3としています7) 8)。最近の大気中濃度の測定結果がないため、人の健康への影響を評価できていませんが、2008年度PRTRデータに基づく大気中濃度の推計値や大気中での半減期を踏まえると、さらなる情報収集を行う必要性は低いとしています7)8)。
なお、水底の泥からm-クロロアニリンは検出されていますが、人の健康への影響を評価できる情報は現在のところ報告されていません。
また、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、環境省と同じ実験結果におけるLOAELを用いて人の健康影響を評価しており、o-クロロアニリン、p-クロロアニリンともに、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています5)6)。呼吸によって取り込むことについては、大気への排出量が少ないことなどから、考慮する必要はないと判断しています5)6)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの繁殖阻害を根拠として、水生生物に対するo-クロロアニリンのPNEC(予測無影響濃度)を0.0032 mg/L7)、m-クロロアニリンのPNECを0.00032 mg/L9)、p-クロロアニリンのPNECを0.000032 mg/Lとしています8)。o-クロロアニリンとm-クロロアニリンについては、これまで得られた河川や海域の水中濃度はPNECよりも十分に低く、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。p-クロロアニリンについてはPNECを超える濃度が河川から検出されており、環境省では詳細な評価を行う候補としています8)。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、o-クロロアニリンとp-クロロアニリンについて、ミジンコの繁殖阻害を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ影響を及ぼすことはないと判断しています5) 6)。
| 性 状 |
o-クロロアニリン:無色透明の液体 揮発性物質
m-クロロアニリン:無色透明または淡い琥珀色の液体 揮発性物質
p-クロロアニリン:白色または淡黄色の固体 |
生産量10)
(2010年) |
国内生産量:
o-クロロアニリン;約500トン(推定)
m-クロロアニリン,p-クロロアニリン;公表データなし |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約0.52トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
| 事業所(届出) |
95 |
大気 |
9 |
| 事業所(届出外) |
5 |
公共用水域 |
91 |
| 非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
| 移動体 |
− |
埋立 |
− |
| 家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
| 事業所(届出)における排出量:約0.50トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
100 |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
| 事業所(届出)における移動量:約22トン |
移動先の内訳(%) |
| 廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
| 業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
100 |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
PRTR対象 選定理由 |
o-クロロアニリン:変異原性,生態毒性(甲殻類)
m-クロロアニリン:生態毒性(甲殻類)
p-クロロアニリン:変異原性,発がん性,経口慢性毒性, 生態毒性(甲殻類) |
| 環境データ |
大気
- 化学物質環境実態調査:
o-クロロアニリン;検出数0/51検体(検出下限値0.00015 mg/m3);[1990年度,環境省] 11)
m-クロロアニリン;検出数0/51検体(検出下限値0.00015 mg/m3);[1990年度,環境省]11)
p-クロロアニリン;検出数0/51検体(検出下限値0.00025 mg/m3);[1990年度,環境省] 11)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:
o-クロロアニリン;検出数3/101地点,最大濃度0.00022 mg/L;[2005年度,環境省]6)
m-クロロアニリン;検出数0/40地点(検出下限値0.00002 mg/L);[2002年度,環境省] 4)
p-クロロアニリン;検出数1/45地点,最大濃度0.00006 mg/L;[2007年度,環境省]5)
- 化学物質環境実態調査:
o-クロロアニリン;検出数0/114検体(検出下限値0.000025 mg/L);[2003年度,環境省] 11)
m-クロロアニリン;検出数0/15検体(検出下限値0.000051 mg/L);[2005年度,環境省] 11)
p-クロロアニリン;検出数0/135検体(検出下限値0.00007 mg/L);[1998年度,環境省] 11)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:
o-クロロアニリン;検出数1/7地点,最大濃度0.0016 mg/L;[2005年度,環境省] 12)
m-クロロアニリン;検出数0/10地点(検出下限値0.00002 mg/L);[2002年度,環境省]13)
p-クロロアニリン;検出数0/5地点(検出下限値0.00002 mg/L);[2007年度,環境省]14)
底質
- 要調査項目存在状況調査:
o-クロロアニリン;検出数3/24地点,最大濃度 0.013 mg/kg;[2002年度,環境省] 15)
m-クロロアニリン;検出数2/24地点,最大濃度0.018 mg/kg;[2002年度,環境省] 15)
p-クロロアニリン;検出数3/24地点,最大濃度値0.02 mg/kg;[2002年度,環境省] 15)
- 化学物質環境実態調査:
o-クロロアニリン;検出数17/133検体,最大濃度0.056 mg/kg;[1998年度,環境省] 11)
m-クロロアニリン;検出数5/18検体,最大濃度0.0067 mg/kg;[2005年度,環境省] 11)
p-クロロアニリン;検出数24/135検体,最大濃度0.02 mg/kg;[1998年度,環境省] 11)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:
o-クロロアニリン;検出数2/72検体,最大濃度0.0025 mg/kg;[1990年度,環境省] 11)
m-クロロアニリン;検出数0/51検体(検出下限値0.002 mg/kg);[1990年度,環境省] 11)
p-クロロアニリン;検出数0/57検体(検出下限値0.005 mg/kg);[1990年度,環境省] 11)
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| 適用法令等 |
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献