■用途
ジニトロトルエンは、ニトロ基(-NO2)の位置の違いによって、2,4-体、2,6-体、3,4-体など、6種類の異性体がありますが、PRTR制度ではこれらの異性体をまとめて、ジニトロトルエン類を対象物質としています。なお、一般的な異性体混合物の製品に含まれる各異性体の割合は、2,4-体が約75%、2,6-体が約20%とされています。
ジニトロトルエンは、常温で黄色の固体です。ほとんどがトルエンジアミンの原料として使われるほか、火薬や染料の原料として使われています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約22トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが、下水道処理施設から排出されたもので、ほとんどが河川や海などへ排出されました。この他、化学工業の事業所から廃棄物として約4トン、下水道へ21トンが移動されました。
■環境中での動き
大気中へ排出されたジニトロトルエンは、化学反応によって分解され、2,4-体と2,6-体は25〜250日で、2,3-体、2,5-体と3,4-体は28〜280日で、3,5-体は31〜310日で半分の濃度になると計算されています1) 2) 3) 4) 5) 6)。ジニトロトルエンは加水分解されず、また、化審法の分解度試験では微生物分解はされにくいとされており、水中に入った場合は、主に水中に残り、一部は水中の粒子や水底の泥に吸着した形で存在していると考えられます7)。
■健康影響
毒 性 ジニトロトルエンは、主に2,4-体及び2,6-体が、変異原性の試験において陽性を示したと報告されています 2) 4) 7)。
発がん性については、ラットに体重1 kg当たり1日34 mg(雄)及び45 mg(雌)の2,4-体を2年間、餌に混ぜて与えた実験では、雄に皮膚腫瘍の発生率の増加、雌に肝細胞がん、乳腺の線維腺腫の発生率の増加が報告されています2) 7)。また、ラットに体重1 kg当たり1日7 mgの2,6-体を52週間、餌に混ぜて与えた実験では、肝細胞がんが報告されています4) 7)。
国際がん研究機関(IARC)は2,4-体及び2,6-体について、実験動物では発がん性を示す証拠が複数あったものの、人では十分な知見が得られていないとして、グループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています2) 4) 7)。この他、IARCでは、3,5-体はグループ3(人に対する発がん性については分類できない)と評価していますが、それ以外の異性体と異性体混合物については評価していません。
発がん性以外では、イヌに2,4-体を2年間、口から与えた実験では、協調運動障害などの神経毒性、胆管の過形成やハインツ小体(酸化障害によってヘモグロビンが変性したもの)の形成などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合の2,4-体のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日0.2 mgでした2) 7)。また、イヌに体重1 kg当たり1日4 mgの2,6-体を13週間、口から与えた実験では、脾臓で髄外造血(骨髄以外の臓器で血液がつくられること)が認められました4)。
なお、労働安全衛生法による管理濃度、日本産業衛生学会による作業環境許容濃度は設定されていませんが、異性体混合物について米国産業衛生専門家会議(ACGIH)は1日8時間、週40時間の繰り返し労働における作業者の許容濃度を0.2 mg/m3と勧告しています。
体内への吸収と排出 人がジニトロトルエンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸、食物や飲み水によると考えられます7)。体内に取り込まれた場合は、肝臓及び腸内で代謝物に変化し、多くは便に含まれ、一部は尿に含まれて排せつされるとされています1) 2) 3) 4) 5) 6) 7)。2,4-体及び2,6-体の毒性は、この代謝物が肝臓のDNA等と結合することによって誘発されると考えられています1) 2) 3) 4) 5) 6) 7)。
影 響 食物や飲み水を通じて口からジニトロトルエンを取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、2,4-体については、神経毒性、胆管の過形成やハインツ小体の形成などが認められたイヌの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.2 mgとし、2,6-体については、脾臓で髄外造血が認められたイヌの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日0.04 mgとしています2) 4)。2,4-体及び2,6-体の飲料水中濃度の測定データがないため、地下水の測定データ(検出下限値0.00001 mg/L以下)を用い、食物中濃度(定量下限値0.0000005 mg/kg以下)とあわせて計算すると、人が口から取り込む量は2,4-体及び2,6-体ともに最大で体重1 kg当たり1日0.0000204 mg未満と予測されます2) 4)。これは、上記の無毒性量等よりも十分に低く、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
また、その他の異性体については、食物中濃度(定量下限値0.0000005 mg/kg以下)から計算すると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.0000204 mg未満と予測されます2) 4)。2,4-体及び2,6-体以外の異性体の無毒性量等は設定されていませんが、工業用のジニトロトルエンに含まれるこれらの異性体の割合は数%未満であることなどから、健康リスクの評価に向けて知見の収集等を行う必要性は少ないとしています1) 3) 5) 6)。
呼吸によって取り込んだ場合については、この環境リスク初期評価では、全異性体とも、人の健康への影響を評価できる情報は現在のところ報告されていません。2,4-体及び2,6-体については、参考として、口から取り込んだ場合の無毒性量等を呼吸によって取り込んだ場合の無毒性量等に換算した値と、大気中から検出された値を用いて評価すると、2,4-体及び2,6-体ともに、健康リスクの評価に向けて知見の収集等を行う必要性は少ないとしています2) 4)。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、口から取り込んだ場合について、2,4-体のイヌの実験におけるNOAELと地下水中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)及び魚体内濃度の推計値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています7)。また、呼吸から取り込んだ場合のNOAEL等は得られていませんが、上記の評価に呼吸からの取り込み推定量を加えて評価し、この場合も、現時点では人の健康へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています7)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、それぞれの異性体ごとに水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を次のように設定しています。2,3-体は魚類の致死を根拠として0.00066 mg/L、2,4-体はミジンコの繁殖阻害を根拠として0.00020 mg/L、2,5-体は魚類の致死を根拠として0.0013 mg/L、2,6-体はミジンコの繁殖阻害を根拠として0.006 mg/L、3,4-体は魚類の致死を根拠として0.0015 mg/L、3,5-体は魚類の致死を根拠として0.023 mg/Lとしています1) 2) 3) 4) 5) 6)。
2,4-体と2,6-体については、これまで得られた河川や海域の水中濃度はPNECよりも十分に低く、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。2,3-体、2,5-体、3,4-体及び3,5-体については、河川や海域の水中濃度について最近の測定結果は得られていませんが、異性体混合物の一般製品中の異性体の含有率を考慮して2,6-体の最大環境中濃度(0.00006 mg/L)から考えると、環境中濃度はPNECよりも十分に低いと考えられ1) 3) 5) 6)、水生生物への影響は小さいと考えられます。なお、3,4-体は甲殻類に対する有害性からPRTR制度の対象物質に選定されていますが、上記のPNECは、PRTR選定の際に根拠とされた知見を評価に加えたものではありません。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、2,4-体についてミジンコの繁殖阻害を指標として、河川水中濃度の測定データ(不検出であり、検出下限値の1/2の値を用いた)を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています7)。
| 性 状 |
黄色の固体 |
生産量
(2010年) |
国内生産量:公表データなし |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約22トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
| 事業所(届出) |
2 |
大気 |
0 |
| 事業所(届出外) |
98 |
公共用水域 |
100 |
| 非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
| 移動体 |
− |
埋立 |
− |
| 家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
| 事業所(届出)における排出量:約0.54トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
100 |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
| 事業所(届出)における移動量:約25トン |
移動先の内訳(%) |
| 廃棄物への移動 |
16 |
下水道への移動 |
84 |
| 業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
100 |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
| − |
− |
PRTR対象 選定理由 |
ジニトロトルエン:発がん性,経口慢性毒性,生殖・発生毒性,作業環境許容濃度
2,3-ジニトロトルエン:生態毒性(魚類)
2,4-ジニトロトルエン:発がん性,変異原性,経口慢性毒性,生殖・発生毒性,生態毒性(甲殻類)
2,5-ジニトロトルエン:生態毒性(魚類)
2,6-ジニトロトルエン:発がん性,変異原性,経口慢性毒性,生殖・発生毒性,生態毒性(甲殻類)
3,4-ジニトロトルエン:生態毒性(甲殻類) |
| 環境データ |
大気
- 化学物質環境実態調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数3/21検体,最大濃度0.0000015 mg/m3;[2002年度,環境省]8)
2,6-ジニトロトルエン;検出数3/18検体,最大濃度0.000014 mg/m3;[2002年度,環境省]8)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数0/40地点(検出下限値0.00001 mg/L);[2002年度,環境省]9)
2,6-ジニトロトルエン;検出数0/40地点(検出下限値0.00001 mg/L);[2002年度,環境省]9)
- 化学物質環境実態調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数0/48検体(検出下限値0.00014 mg/L);[1991年度,環境省]8)
2,6-ジニトロトルエン;検出数0/21検体(検出下限値0000014 mg/L);[2007年度,環境省]8)
3,4-ジニトロトルエン;検出数0/70検体(検出下限値0.000075 mg/L);[1976年度,環境省]8)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数0/10地点(検出下限値0.00001 mg/L);[2002年度,環境省]9)
2,6-ジニトロトルエン;検出数0/10地点(検出下限値0.00001 mg/L);[2002年度,環境省]9)
底質
- 要調査項目存在状況調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数2/24地点,最大濃度0. 108 mg/kg;[2002年度,環境省]10)
2,6-ジニトロトルエン;検出数0/24地点(検出下限値0.003 mg/kg);[2002年度,環境省]10)
- 化学物質環境実態調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数0/48検体(検出下限値0.0099 mg/kg);[1991年度,環境省]8)
2,6-ジニトロトルエン;検出数0/45検体(検出下限値0.00010 mg/kg);[2008年度,環境省]8)
3,4-ジニトロトルエン;検出数0/59検体(検出下限値0.01 mg/kg);[1976年度,環境省]8)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:
2,4-ジニトロトルエン;検出数0/45検体(検出下限値0.005 mg/kg);[1991年度,環境省]8)
2,6-ジニトロトルエン;検出数0/45検体(検出下限値0.005 mg/kg);[1991年度,環境省]8)
3,4-ジニトロトルエン;検出数0/10検体(検出下限値0.004 mg/kg);[1976年度,環境省]8)
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| 適用法令等 |
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献