■用途
チオりん酸O,O-ジメチル-O-(3-メチル-4-メチルチオフェニル)(以下「フェンチオン」と表記します)は、常温では無色透明から淡黄色の液体で、ニンニクのような臭いがあります。フェンチオンは有機りん系殺虫剤の有効成分(原体)で、主に農薬として使われており、希釈剤や補助剤あるいは他の殺虫剤と混ぜて乳剤、粉剤や粒剤などに製剤化され、広く用いられています。
フェンチオンは幅広い害虫に効果を発揮します。特に、イネの重要害虫であるニカメイチュウ、ウンカ類、カメムシ類などや、カンショ、ヤマノイモ、サトウキビにつくコガネムシ類の幼虫の防除を目的として用いられています。
また、自治体や防除業者などがハエ、カ、ゴキブリなどの衛生害虫の駆除のために使用する防疫用殺虫剤としても使われています。家庭で用いられる園芸用や害虫駆除用の殺虫剤にも、フェンチオンを含むものがあります。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約66トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが農薬の使用や衛生害虫の防除に伴って排出されたもので、主に土壌へ排出されました。また、家庭からも、園芸用などの殺虫剤の使用に伴って排出されました。この他、化学工業の事業所から廃棄物として約0.52トン、下水道へ約0.002トンが移動されました。
■環境中での動き
土壌中へ排出されたフェンチオンは、化学反応や微生物によって分解されます1)。実際の畑地を使った実験では4〜10日で、水田を使った実験では1.5〜6日で、半分の濃度になると推定されています2)。水中では化学反応や微生物によって分解されます1)。滅菌された自然水中での光分解の実験では、46.8分(東京春季太陽光下で0.24日)で半分の濃度になると算出されています2)。
■健康影響
毒 性 フェンチオンは、コリンエステラーゼ(生体内に存在する酵素の一種)の活性を阻害して、神経系に影響を与えます。軽度の中毒症状として、倦怠感、頭痛、めまい、胸部圧迫感、軽度の運動失調、吐き気、おう吐などを示すことがあります3)。
ボランティアの人に体重1 kg当たり1日0.07 mgのフェンチオンを25日間、口から投与した実験では、コリンエステラーゼ活性の阻害は認められませんでした2)4)。また、サルに体重1 kg当たり1日0.07 mgのフェンチオンを2年間、口から投与した実験でも、コリンエステラーゼ活性の阻害は認められませんでした2)。
これらの実験結果から、2010年に食品安全委員会は、フェンチオンのADI(一日許容摂取量)を体重1 kg当たり1日0.0023 mgと再評価しました4)。なお、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同残留農薬専門家会議(JMPR)は、同じ実験結果からフェンチオンのADIを体重1 kg当たり1日0.007 mgと算出しています5)。この評価の違いは、この実験結果について食品安全委員会は30倍の安全率(安全係数)を見込んでいるのに対して、JMPRは10倍としていることによります。
水道水質管理目標値は、再評価前のADI(体重1 kg当たり1日0.0005 mg)に基づいて設定されています。
体内への吸収と排出 人がフェンチオンを体内に取り込む可能性があるのは、食物や飲み水によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、ラットによる実験では、ほとんどが
代謝物に変化し、24時間でその90%以上が、主に尿に含まれて、一部がふんに含まれて排せつされたと報告されています2)。
影 響 厚生労働省が行っている「食品中の残留農薬の一日摂取量調査結果」によると、フェンチオンの平均1日摂取量は0.00106〜0.00242 mgと推計されています6)。これは体重50 kg換算のADI(体重1 kg当たり1日0.0023 mg)の0.92〜2.10%に相当します。また、水道水、河川や地下水からは水道水質管理目標値を超える濃度のフェンチオンは検出されておらず、食物や飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
■生態影響
フェンチオンは、甲殻類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、現在のところ、わが国では水生生物に対する信頼できるPNEC(予想無影響濃度)は算定されていません。
性 状 |
無色透明から淡黄色の液体 |
生産量7)
(2010年)※ |
国内生産量:−(不明または出荷・生産なし)
輸 入 量:約63キロリットル(原体) |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約66トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
− |
大気 |
5 |
事業所(届出外) |
0 |
公共用水域 |
6 |
非対象業種 |
94 |
土壌 |
89 |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
6 |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:−トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
事業所(届出)における移動量:約0.52トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
99 |
下水道への移動 |
0 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
100 |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
− |
PRTR対象 選定理由 |
経口慢性毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(甲殻類) |
環境データ |
大気
- 化学物質環境実態調査:検出数0/54検体(検出下限値0.000015 mg/m3);[1993年度,環境省] 8)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質管理目標値超過数;原水0/1015地点,浄水0/977地点;[2009年度,日本水道協会]9) 10)
公共用水域
- 化学物質環境実態調査:検出数1/84検体,最大濃度0.0000017 mg/L;[2007年度,環境省] 8)
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/80地点(検出下限値0.00001 mg/L);[2005年度,環境省]11)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/82地点(検出下限値0.0001 mg/L);[2004年度,環境省]12)
底質
- 化学物質環境実態調査:検出数0/51検体(検出下限値0.033 mg/kg);[1993年度,環境省]8)
生物(鳥)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/6検体(検出下限値0.000095 mg/kg);[2007年度,環境省] 8),
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/51検体(検出下限値0.05 mg/kg);[1993年度,環境省] 8)
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適用法令等 |
- 水道法:水道水質管理目標値0.001 mg/L以下(農薬類;フェンチオン)
- 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)1 mg/L以下
- 食品衛生法:残留農薬基準 例えば,米(玄米)0.05 ppm,ばれいしょ0.05 ppm
- 日本産業衛生学会勧告:作業環境許容濃度0.2 mg/m3
- 農薬取締法:登録農薬
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
※本物質の生産量は2010年農薬年度(2009年10月〜2010年9月)のものです。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献
■適用作物に関する情報