■用途
テトラクロロエチレンは、塩素を含む有機化合物で、水よりも重く、常温では無色透明の液体で、揮発性物質です。引火性が低く、容易に油を溶かすという性質があります。このため、ドライクリーニングの溶剤として洗濯業で使われたり、精密機器や部品の加工段階で用いた油の除去などに使われてきました。
1980年代に有機塩素系溶剤による地下水汚染等の環境汚染は社会問題となりましたが、テトラクロロエチレンの製造・使用量は減ってきており、現在では、代替フロンの原料としての用途が最も多くなっています。ドライクリーニングや金属の洗浄用途は3割程度と考えられます。
また、有機塩素系溶剤は地下水汚染だけではなく、大気汚染も懸念されていることから、環境汚染を未然に防止するために、1986年に「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」が改正され、第二種特定化学物質に指定されました。テトラクロロエチレンは、トリクロロエチレンとともに規制の対象となり、溶剤の製造業者は製造予定量を行政に届け出るとともに、販売する際には環境の汚染を防止するための措置等に関する表示が義務づけられています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約1,500トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが金属製品製造業や洗濯業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、これらの事業所から廃棄物として約630トン、下水道へ0.017トンが移動されました。
テトラクロロエチレンは、大気汚染防止法で有害大気汚染物質の優先取組物質に指定され、事業者による自主的な排出削減が進められてきました。この自主管理に参加している事業者から大気中へ排出されたテトラクロロエチレンの量は、1999年度は1995年度に比べて50%削減され、2003年度には1999年度に比べて55%削減されています1)。
■環境中での動き
テトラクロロエチレンは環境中で分解されにくい物質です。大気中では化学反応によって分解されますが、半分の濃度になるには96日かかると計算されています2)。水中に入った場合は、大気中へ揮発することによって失われると考えられます3)。土壌中に排出された場合、土壌への吸着性が弱いため地下浸透して地下水を汚染し、長い間、残留する可能性があります。
■健康影響
毒 性 高濃度のテトラクロロエチレンを長期間取り込み続けると、肝臓や腎臓への障害が認められることがあり、比較的低濃度では頭痛、めまい、眠気などの神経系への影響が現れることがあります4)。この神経系や腎臓への影響に関する報告から、LOAEL(最小毒性量)に相当する大気中濃度は200 mg/m3程度と考えられ、これに基づいて大気環境基準が設定されています4)。
雄のマウスに体重1 kg当たり1日536 mg、雌のマウスに体重1 kg当たり1日386 mgのテトラクロロエチレンを52週間、口から与えた実験では、肝細胞がんの発生が報告されています4)。国際がん研究機関(IARC)はテトラクロロエチレンをグループ2A(人に対しておそらく発がん性がある)に分類しています。水道水質基準や水質環境基準は、このマウスの実験結果に基づいて、「生涯にわたってその値のテトラクロロエチレンを取り込んだ場合に、取り込まなかった場合と比べて10万人に1人の割合でがんを発症する人が増える水準」として設定されたものです5)。
また、テトラクロロエチレンをマウスに6週間、ラットに13週間、飲み水に混ぜて与えた実験では、マウスに肝毒性、ラットに体重増加の抑制が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日14 mgでした。
この実験結果を踏まえて、発がん性の可能性を考慮し、食品安全委員会は、2008年にテトラクロロエチレンのTDI(耐容一日摂取量)を体重1 kg当たり1 日0.014 mgと評価しました6)。現行の水道水質基準や水質環境基準は、このTDIを踏まえても安全が確保された値となっています。
体内への吸収と排出 人がテトラクロロエチレンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や飲み水によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、ラットの実験では、大部分は変化せずに呼気とともに吐き出され、数%は代謝物に変化し、尿に含まれて排せつされたと報告されています3)。また、呼気とともに吐き出される際に、テトラクロロエチレンが半分の濃度になるには十数時間から数十時間かかったと報告され、繰り返して取り込まれると、体内に蓄積する傾向がみられます4)。
影 響 大気中のテトラクロロエチレンの継続測定地点における平均濃度は、1998年度は0.0014 mg/m3でしたが、2009年度には0.00022 mg/m3に下がっており、大気環境基準を超える濃度は検出されていません7)。呼吸に伴う人の健康への影響は小さいと考えられます。
水道浄水や河川から水道水質基準を超える濃度は検出されていませんが、過去に使用していた溶剤の保管や廃棄物の不適正な管理によって、土壌や地下水に侵入したテトラクロロエチレンが今でも残っており、地下水の一部でまだ環境基準を超える濃度が検出されています。このような汚染された地下水を長期間飲用するような場合を除いて、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響も小さいと考えられます。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、藻類の現存量への影響を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.00011 mg/Lとしています2)。2000年度の測定ではこのPNECを超える濃度のテトラクロロエチレンが河川や海域から検出されており、環境省ではテトラクロロエチレンを詳細な評価を行う候補物質としています2)。
なお、テトラクロロエチレンは、甲殻類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、上記のPNECは甲殻類の有害性から導くPNECより低い値です。
(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、ミジンコの繁殖阻害を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています3)。
| 性 状 |
無色透明の液体 揮発性物質 |
生産量8)
(2010年) |
国内生産量:公表データなし
輸 出 量:約7,400トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約1,500トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
| 事業所(届出) |
77 |
大気 |
100 |
| 事業所(届出外) |
23 |
公共用水域 |
0 |
| 非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
| 移動体 |
− |
埋立 |
− |
| 家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
| 事業所(届出)における排出量:約1,200トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
| 金属製品製造業 |
39 |
| 洗濯業 |
17 |
| 鉄鋼業 |
10 |
| 化学工業 |
7 |
| 電気機械器具製造業 |
6 |
| 事業所(届出)における移動量:約630トン |
移動先の内訳(%) |
| 廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
| 業種別構成比(上位5業種、%) |
| 洗濯業 |
25 |
| 金属製品製造業 |
25 |
| 非鉄金属製造業 |
13 |
| 商品検査業 |
8 |
| 鉄鋼業 |
6 |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,経口慢性毒性,生態毒性(甲殻類) |
| 環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査:環境基準超過数0388地点;平均濃度0.00022 mg/m3,最大濃度0.0022 mg/m3;[2009年度,環境省]7)
- 化学物質環境実態調査;検出数40/40検体,最大濃度0.0017 mg/m3;[2001年度,環境省] 9)
室内空気
- 化学物質環境実態調査;検出数63/63検体,最大濃度0.0099 mg/m3;[2001年度,環境省] 9)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数;原水5/5217地点,浄水0/5362地点;[2009年度,日本水道協会]10)11)
公共用水域
- 公共用水域水質測定:環境基準超過数 0/3633地点(報告下限値0.001 mg/L);[2010年度,環境省]12)
地下水
- 地下水質測定:環境基準超過数;概況調査5/3679本,汚染井戸周辺地区調査30/405本,継続監視調査513/2186本;[2009年度,環境省]13)
土壌
- 土壌汚染調査:環境基準超過数(1991〜2009年度累積)644事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]14)
食事
- 化学物質環境実態調査:検出数10/72検体,最大濃度0.001 mg/kg;[1999年度,環境省] 15)
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| 適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):第二種特定化学物質
- 大気環境基準:0.2 mg/m3以下(1年平均値)
- 大気汚染防止法:指定物質,有害大気汚染物質(優先取組物質),揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 水道法:水道水質基準値0.01 mg/L以下
- 水質環境基準(健康項目):0.01 mg/L以下
- 地下水環境基準:0.01 mg/L以下
- 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準0.1 mg/L以下
- 土壌環境基準:0.01 mg/L以下
- 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準0.01 mg/L以下
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
- 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)0.1 mg/L
- 労働安全衛生法:管理濃度50 ppm(20℃換算で340 mg/m3)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献