リスクコミュニケーションのための化学物質ファクトシート
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作成年: 2012年

1,1,1-トリクロロエタン

別   名 メチルクロロホルム、1,1,1-TCE、MC
管理番号 279
PRTR政令番号 1-323(化管法施行令(2021年10月20日公布)の政令番号)
C A S 番 号 71-55-6
構 造 式 1,1,1-トリクロロエタン構造式
  • 1,1,1-トリクロロエタンは、かつては金属洗浄用やドライクリーニングの洗浄剤として使われていましたが、現在はほとんどが代替フロンの原料として使われています。
  • オゾン層を破壊する物質として、国内では1996年1月1日以降は原則として製造が禁止されています。
  • 2010年度のPRTRデータでは、環境中への排出量は約14トンでした。すべてが事業所から排出されたもので、主に河川や海などへ排出されたほか、大気中へも排出されました。

■用途

 1,1,1-トリクロロエタンは、常温では無色透明の液体です。塩素を含む有機化合物で、揮発性物質です。かつては電気・電子、輸送機器、精密機器等、幅広い工業分野で金属洗浄用に使われていました。これは、金属洗浄用に多用されていたトリクロロエチレンテトラクロロエチレンの有害性が問題となったことから、それらの代替品としての需要が増えたことによります。この他、ドライクリーニング用溶剤、繊維のシミ抜き剤、また印刷工程で印刷製版を仕上げる際などにも使われていました。
 その後、1,1,1-トリクロロエタンは、オゾン層を破壊することがわかり、モントリオール議定書に基づいて、生産や消費、貿易の規制などの国際的な取り組みが進められてきました。日本では、「特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(オゾン層保護法)」によって、1996年1月1日以降は原則として製造が禁止されています。しかし、試験研究や分析用などの特別な用途、あるいは代替フロン(HCFC141bやHCFC142bなど)など、他の化学物質の原料として使用するための1,1,1-トリクロロエタンの製造は認められています。また、それ以前に製造されたものは、現在でも使用されています。

■排出・移動

 2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約14トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが下水道業や電気機械器具製造業などの事業所から排出されたもので、主に河川や海などへ排出されたほか、大気中へも排出されました。この他、電気機械器具製造業などの事業者から廃棄物として約1トン、下水道へ約0.015トンが移動されました。

■環境中での動き

 1,1,1-トリクロロエタンは揮発性が高く、水中に入っても、水面から大気中へ揮発すると考えられます。このため、1,1,1-トリクロロエタンは、ほとんどが大気中に存在すると考えられますが、対流圏(地上から高度約10kmまでの範囲)の大気中ではなかなか分解されず、OHラジカルとの反応によって半分の濃度になる期間は3.7年と計算されています1)。海洋への溶解などを考慮して、大気中寿命を約5.0年と計算した報告もあります2)
 成層圏にはオゾンが多く存在しており、このオゾンの多い層をオゾン層といいます。1,1,1-トリクロロエタンの分解により生成した塩素原子がオゾンと結合することによって、オゾン層が破壊されます。オゾン層を破壊する力はCFC-11(フロン類の一種)の1/10です3)。環境省では1988年度から北海道において1,1,1-トリクロロエタンの大気中濃度を調査していますが、これによると1993年以降、急速に減少しています4)
 土壌や地下水に浸透した1,1,1-トリクロロエタンは、揮発によって失われないため、微生物等によってゆるやかに分解され1) 5)、より毒性の高い1,2-ジクロロエチレンなどに変化すると報告されています6)

■健康影響

毒 性 1,1,1-トリクロロエタンは、人や実験動物において中枢神経系の抑制作用及び麻酔作用を示すことが報告されています7)
 マウスに1,1,1-トリクロロエタンを含む空気を24時間吸入させた実験では、腎臓の細胞にたんぱく質の変性がみられ8)、この実験から求められるLOAEL(最小毒性量)は1,365 mg/m3とされています5)。このLOAELを飲み水に適用させて、TDI(耐容一日摂取量)を体重1 kg当たり1 日 0.58 mgと算出し、これに基づいて水質環境基準が設定されています5)
 また、ラットに1,1,1-トリクロロエタンを13週間、餌に混ぜて与えた実験では、腎臓の尿細管の上皮に変性が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日600 mgでした8)。この実験結果から、2008年に食品安全委員会は、1,1,1-トリクロロエタンのTDIを体重1 kg当たり1 日0.6 mgと評価しました8)。なお、水道水質管理目標値は、毒性で問題となる濃度よりも低い臭味発生防止の観点から設定されています。

体内への吸収と排出 人が1,1,1-トリクロロエタンを体内に取り込む可能性があるのは、飲み水や呼吸などによると考えられます。体内に取り込まれた場合は、変化せずにそのまま呼気とともに吐き出されるほか、代謝物に変化し、尿に含まれて排せつされます7) 8)

影 響 水道水、河川や地下水からは水道水質管理目標値や水質環境基準を超える濃度の1,1,1-トリクロロエタンは検出されておらず、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
 1,1,1-トリクロロエタンは大気中から検出されていますが、呼吸によって取り込んだ場合について、人の健康への影響を評価できる情報は現在のところ報告されていません。
 なお、1,1,1-トリクロロエタンは成層圏オゾンを破壊することにより、間接的に人の健康へ影響を及ぼします。オゾン層は太陽からの有害な紫外線を吸収し、地上の生態系を保護しています。オゾン層が減少すると地上に達する紫外線が増え、皮膚がんや白内障の増加など、人の健康への影響が懸念されています9)

■生態影響

 環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの繁殖阻害を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.013 mg/Lとしています1)。河川や海域の水中濃度はこのPNECを下まわっていますが、淡水域(河川や湖沼)での濃度は比較的高いため、環境省では情報収集に努める必要があるとしています1)
 また、1,1,1-トリクロロエタンによって成層圏のオゾン層が破壊され、地上に降り注ぐ紫外線が増加すると、動植物の生息や生育に影響を及ぼすことが懸念されています。

性 状 無色透明の液体  揮発性物質
生産量10)
(2010年)
国内生産量:公表データなし
輸 出 量:約0.06トン
排出・移動量
(2010年度
PRTRデータ)
環境排出量:約14トン 排出源の内訳[推計値](%) 排出先の内訳[推計値](%)
事業所(届出) 100 大気 25
事業所(届出外) 公共用水域 75
非対象業種 土壌
移動体 埋立
家庭 (届出以外の排出量も含む)
事業所(届出)における排出量:約14トン 業種別構成比(上位5業種、%)
下水道業 64
電気機械器具製造業 21
化学工業 5
一般廃棄物処理業(ごみ処分業に限る。) 4
非鉄金属製造業 4
事業所(届出)における移動量:約1.0トン 移動先の内訳(%)
廃棄物への移動 99 下水道への移動 1
業種別構成比(上位5業種、%)
電気機械器具製造業 97
下水道業 2
産業廃棄物処分業(特別管理産業廃棄物処分業を含む。) 1
PRTR対象
選定理由
オゾン層破壊物質
環境データ

大気

  • 有害大気汚染物質モニタリング調査:(一般環境大気)測定地点数12地点,検体数144検体,最小濃度0.0000057 mg/m3,最大濃度0.00013 mg/m3;[2009年度,環境省]11)
  • フロン等オゾン層影響微量ガス監視調査:北海道における大気中濃度;8.2 pptv;[2010年12月,環境省] 4) ,川崎市における大気中濃度(2005年3月〜2006年2月の中央値);0.02 ppbv;[2006年3月,環境省] 4)
  • 化学物質環境実態調査:検出数48/48検体,最大濃度0.00042 mg/m3;[2001年度,環境省] 12)

水道水

公共用水域

  • 公共用水域水質測定:環境基準超過数0/3527地点;[2010年度,環境省] 15)

地下水

  • 地下水質測定:環境基準超過数;概況調査0/3430本,汚染井戸周辺地区調査0/186本,継続監視調査0/1443本;[2009年度,環境省] 16)

土壌

  • 土壌汚染調査:環境基準超過数(1991〜2009年度累積)94事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]17)
適用法令等
  • 特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律(オゾン層保護法):特定物質
  • 大気汚染防止法:揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
  • 水道法:水道水質管理目標値0.3 mg/L以下(臭味発生防止の観点から設定)
  • 水質環境基準(健康項目):1 mg/L以下
  • 地下水環境基準:1 mg/L以下
  • 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準3 mg/L以下
  • 土壌環境基準:1 mg/L以下
  • 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準1 mg/L以下
  • 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)3 mg/L以下
  • 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
  • 労働安全衛生法:管理濃度200 ppm(20℃換算で1100 mg/m3

注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。

■引用・参考文献

■用途に関する参考文献