■用途
バナジウム化合物には、五酸化バナジウム、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、二塩化バナジル、硫酸バナジル、酸化バナジウムなどがあり、商品としてもっとも多く流通しているのは五酸化バナジウムです。PRTR制度ではこれらをまとめて、バナジウムを質量で1%以上含んだ化合物を対象物質としています。PRTR制度対象物質の選定にあたって、五酸化バナジウムとメタバナジン酸アンモニウムの有害性データが採用されていますので、本ファクトシートではこの二つの物質を中心に記述します。
五酸化バナジウムは、黄色から赤色の固体です。主に金属バナジウム、バナジウム合金やバナジウム鋼などの特殊鋼の原料に使われます。この他、硫酸、無水フタル酸や無水マレイン酸を製造する際の触媒に使われたり、陶器やガラスの着色に用いられます。金属バナジウムやバナジウム合金は電子材料、被覆材、耐熱材、超合金、航空機の部材などに使用されています。また、バナジウム鋼は、原子炉やターボエンジンのタービン、ドリルなどの切削工具に使用されたり、引っ張り強度が求められるパイプライン、タンク、橋梁などに多く使用されています。
メタバナジン酸アンモニウムは、無色から黄色の固体です。羊毛などの染色や印刷・インキ用の黒色顔料、陶芸用釉薬、写真の現像、分析用試薬として用いられます。
なお、バナジウムは、石油や石炭などの化石燃料中にも含まれており、これらの燃焼に伴って排出されたり、石油燃焼ボイラーの煤や原油の精製過程の残りかすなどにも副産物として含まれています。たばこの煙にも含まれています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約27トンが環境中へ排出されたと見積もられています。化学工業や鉄鋼業などの事業所から排出されたほか、下水処理施設から排出されたり、石炭火力発電所で使用される石炭の燃焼に伴って排出されたもので、主に河川や海などへ排出されたほか、大気中へも排出されました。この他、化学工業や電気業などの事業所から廃棄物として約1,000トン、下水道へ約2.9トンが移動されました。
バナジウム化合物及びバナジウムの環境中の動きについては情報がありません。大気中では粒子状物質に付着して存在し、降雨などによって地表に降下すると考えられます。海水中に入ったバナジウムのほとんどは、海水による化学反応を受けずに水中の粒子などに付着し1)、その結果、海底の泥にも存在します1)。一部は水に溶存します1)。
なお、バナジウムは地殻の表層部には重量比で0.015%程度存在し、クラーク数で23番目に多い元素です。また、海産物のホヤにバナジウムが高濃度に含まれていることが知られています2)。
■健康影響
毒 性 ミネラルウォーターに含まれるバナジウムは五酸化バナジウムで、バナジウム水として一般にも登場していますが、バナジウムの欠乏による人の健康への影響に関する情報はなく、人の必須元素であることについても確たる証拠はありません1)。しかし、ニワトリやラットにとっては必須元素であり、これらの動物ではバナジウムが欠乏すると、成長不良、生殖障害、脂質代謝障害などが起こります1)。
五酸化バナジウムは、マウスの細胞を使った変異原性の試験で、陽性を示したと報告されています2)。また、メタバナジン酸アンモニウムは、ヒトリンパ球や細菌を使った試験管内における変異原性試験の多くで、陽性を示したと報告されています2)。
発がん性については、五酸化バナジウムは、人の発がん性に関するデータは得られていないものの、マウスとラットを使った実験で、雌のラットを除いて肺胞や気管支に腫瘍の発生が認められており、国際がん研究機関(IARC)は、五酸化バナジウムをグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)に分類しています3)。なお、メタバナジン酸アンモニウムの試験報告は得られていません。
ラットに五酸化バナジウムを1年間、口から与えた実験では、体重増加の抑制、血糖や血中総コレステロールの減少などが認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合の五酸化バナジウムのLOAEL(最小毒性量)は、体重1 kg当たり1日0.56 mgでした4)。
また、マウスとラットに五酸化バナジウムを口から与えた実験では、雄の受精能力の低下、生まれた子どもの生存数の減少や骨格異常が認められ、この実験から求められる口から取り込んだ場合の五酸化バナジウムのLOAELは、体重1 kg当たり1日18 mgでした2)4)。
この他、五酸化バナジウムの粉じんを扱う作業環境では、眼、鼻、喉への刺激がみられたり、ぜん鳴や呼吸困難の症状が報告されていますが2)、取り込み量によってどの程度の影響がみられるかについては十分なデータは得られていません2)。
なお、世界保健機関(WHO)は、バナジウムの大気質指針として0.001 mg/m3を設定しています。
体内への吸収と排出 人がバナジウムを体内に取り込む可能性があるのは、食物や飲み水、呼吸によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、ラットの実験では、バナジウムは主に骨に分布され、主に尿に含まれて排せつされたことが報告されていますが2)、骨に蓄積する可能性が指摘されています2)。ラットでは、尿への排せつによって、体内のバナジウムが半分の濃度になる期間はおよそ12日間と計算されています2)。また、バナジウム化合物は、肺から吸収されるものの、胃腸からはほとんど吸収されないことが、動物実験で示されています2)。
影 響 バナジウムは大気中や河川などから検出されています。大気中の濃度はWHOの大気質指針値よりも低いものでした。口から取り込んだ場合について、人の健康への影響を評価する情報は現在のところ報告されていません。
■生態影響
バナジウム化合物は、五酸化バナジウムの甲殻類に対する有害性からもPRTR制度の対象物質に選定されていますが、現在のところ、わが国では水生生物に対する信頼できるPNEC(予測無影響濃度)は算定されていません。
| 性 状 |
五酸化バナジウム:黄色から赤色の固体
メタバナジン酸アンモニウム:無色から黄色の固体 |
生産量5)
(2010年) |
国内生産量:
五酸化バナジウム;約1,000トン(推定)
メタバナジン酸アンモニウム;約300トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約27トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
| 事業所(届出) |
79 |
大気 |
20 |
| 事業所(届出外) |
21 |
公共用水域 |
80 |
| 非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
| 移動体 |
− |
埋立 |
− |
| 家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
| 事業所(届出)における排出量:約21トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
67 |
| 鉄鋼業 |
31 |
| 窯業・土石製品製造業 |
1 |
| 非鉄金属製造業 |
0 |
| 石油製品・石炭製品製造業 |
0 |
| 事業所(届出)における移動量:約1,000トン |
移動先の内訳(%) |
| 廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
| 業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
50 |
| 電気業 |
28 |
| 石油製品・石炭製品製造業 |
16 |
| 一般機械器具製造業 |
2 |
| 繊維工業 |
2 |
PRTR対象 選定理由 |
五酸化バナジウム:発がん性,変異原性,経口慢性毒性,生殖・発生毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(甲殻類)
メタバナジン酸アンモニウム:変異原性 |
| 環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査(バナジウムとして測定,一般環境大気):測定地点数10地点,検体数120検体,最小濃度0.00000055 mg/m3,最大濃度0.000036 mg/m3;[2009年度,環境省]6)
公共用水域
- 化学物質環境実態調査(バナジウムとして測定):検出数15/15検体,最大濃度0.0046 mg/L;[2007年度,環境省]7)
底質
- 化学物質環境実態調査(バナジウムとして測定):検出数60/60検体,最大濃度275 mg/kg;[1974年度,環境省]7)
生物(貝)
- 化学物質環境実態調査(バナジウムとして測定):検出数0/20検体(
検出下限値0.1 mg/kg);[1974年度,環境省]7)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査(バナジウムとして測定):検出数0/20検体(検出下限値2.5 mg/kg);[1974年度,環境省]7)
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| 適用法令等 |
- 労働安全衛生法:管理濃度バナジウムとして0.03 mg/m3
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献