■用途
フェノールは、特有の臭気をもった常温で白色の固体で、揮発性物質です。水に溶けやすく、大気中から水分を吸収して液体になります。含まれる不純物によっては黄色かピンク色の場合もあります。別名、石炭酸といわれるように、コールタールに含まれる酸性物質で、自然にも生成されます。タンパク質を変性させ、強い殺菌力、消毒作用があることから、19世紀半ば以降から殺菌消毒薬として使われてきました。しかし、臭気が強いことや高濃度の場合に皮膚にやけどを生じることなどから、殺菌消毒薬としては、現在は、病院で排せつ物の消毒のためやじん麻疹のかゆみを抑えるためなど、限定された用途にしか使われていません。
フェノールは主に、ビスフェノールAとフェノール樹脂の原料として使われます。この他、アニリン、耐熱性樹脂などの原料に使われる2,6キシレノール、可塑剤・安定剤など、他の化学物質の原料として使われています。
ビスフェノールAは、アセトンとフェノールを原料として合成したもので、ポリカーボネート樹脂(CD、住宅建材、自動車部品などに使用)やエポキシ樹脂(電気・電子部品、積層板、塗料、接着剤などに使用)の原料として使われています。また、フェノール樹脂は、フェノールとホルムアルデヒドを原料としたもので、電気部品や機械部品、自動車部品の鋳型、木材加工の接着剤、断熱材などに使われています。
なお、フェノールは、自動車の排気ガス、たばこの煙、ハムなどの燻製の食物などにも含まれています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約470トンが環境中へ排出されたと見積もられています。すべてが窯業・土石製品製造業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約1,600トン、下水道へ約15トンが移動されました。
また、フェノールは排気ガスやたばこの煙に含まれていることから、これらから環境中へ排出される可能性がありますが、生成量が不明なため、排出量は推計されていません。
■環境中での動き
大気中へ排出されたフェノールは、水に溶けやすいため、降雨などによって地表に降下すると考えられます1)。大気中では化学反応によって分解され、15時間で半分の濃度になると計算されています2)。水中に入った場合は、容易に微生物分解されると考えられます1)3)。
■健康影響
毒 性 フェノールは、変異原性について、マウスの細胞を用いた生体内試験の多くで、陽性を示したと報告されています1)。発がん性については、マウスやラットを用いた実験では、与えた量と相関関係がある腫瘍の発生は認められていません1)。発がんの過程にはいくつかのステップが存在し、多段階的に進行していると考えられており、その最初のステップにベンゾピレンなどを用い、次にフェノールを用いる二段階発がん性試験では、がんの元となる細胞の増殖を促進する作用を示したとの報告もありますが、人の疫学的調査において、フェノールが発がん性を示したとする報告はありません1)。国際がん研究機関(IARC)はフェノールをグループ3 (人に対する発がん性については分類できない) に分類しています1)。
ラットに体重1 kg当たり1日40 mgのフェノールを14日間、飲み水に混ぜて与えた実験では、腎臓のうっ血、尿細管の変性などが認められました2)。また、作業者やボランティアによる疫学調査では、高濃度のフェノールを含む空気を吸い込むと、せきなどの上気道刺激症状、食欲不振、体重減少、頭痛、めまいなどがみられましたが、20 mg/m3以下の濃度ではそれらの影響を認めなかったと報告されています2)。
この他、ラットにフェノールを13週間、飲み水に混ぜて与えた実験では、脱水症に関連する摂水量の減少が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のNOAEL(無毒性量)は、体重1 kg当たり1日18.1 mgでした1)。
体内への吸収と排出 人がフェノールを体内に取り込む可能性があるのは、食物や飲み水、呼吸によると考えられます。体内に取り込まれた場合は、肝臓、肺、腎臓、小腸の粘膜で、さまざまな物質に代謝されてから、主に尿に含まれて排せつされ1)4)、一部は呼気とともに吐き出されたり、便に含まれて排せつされるとされています4)。
影 響 食物や飲み水を通じて口から取り込んだ場合について、環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、腎臓のうっ血などが認められたラットの実験結果に基づいて、無毒性量等を体重1 kg当たり1日1.2 mgとしています2)。フェノールの食物中濃度や飲料水の測定データから計算すると、人が口から取り込む量は最大で体重1 kg当たり1日0.004 mgと予測されます2)。これは、上記の無毒性量等よりも低いものの、十分低いとは言えないため、情報収集に努める必要があるとしています2)。
呼吸によって取り込んだ場合について、この環境リスク初期評価では、人の疫学調査結果に基づいて、無毒性量等を4.5 mg/m3としています。これまでの測定における大気中の最大濃度は0.00076 mg/m3であり、この無毒性量等よりも十分に低く、呼吸に伴う人の健康への影響は小さいと考えられます2)。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、口から取り込んだ場合について、摂水量の減少が認められたラットの実験におけるNOAELと水道水中濃度及び食物中濃度の実測値を用いて、人の健康影響を評価しており、現時点では人の健康に悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。また、呼吸によって取り込んだ場合のNOAEL等は得られていませんが、上記の評価に呼吸からの取り込み量を加えて評価し、この場合も、現時点では人の健康に悪影響を及ぼすことはないと判断しています1)。
■生態影響
河川や海域などから、水生生物保全の観点から定めた要監視項目指針値を超える濃度は検出されていません。しかし、地方公共団体が独自で行った調査では、河川や海域の一部で指針値を超える濃度が検出されています5)。
性 状 |
白色の固体 水に溶けやすい 揮発性物質 |
生産量6)
(2010年) |
国内生産量:約850,000トン
輸 入 量:約42,000トン(石炭酸及びその塩)
輸 出 量:約220,000トン(石炭酸及びその塩) |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約470トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
事業所(届出) |
84 |
大気 |
97 |
事業所(届出外) |
16 |
公共用水域 |
3 |
非対象業種 |
− |
土壌 |
− |
移動体 |
− |
埋立 |
− |
家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
事業所(届出)における排出量:約390トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
窯業・土石製品製造業 |
50 |
輸送用機械器具製造業 |
14 |
化学工業 |
13 |
非鉄金属製造業 |
8 |
プラスチック製品製造業 |
4 |
事業所(届出)における移動量:約1,600トン |
移動先の内訳(%) |
廃棄物への移動 |
99 |
下水道への移動 |
1 |
業種別構成比(上位5業種、%) |
化学工業 |
61 |
プラスチック製品製造業 |
19 |
電気機械器具製造業 |
11 |
非鉄金属製造業 |
5 |
輸送用機械器具製造業 |
2 |
PRTR対象 選定理由 |
変異原性,生態毒性(甲殻類) |
環境データ |
大気
- 化学物質環境実態調査:検出数40/47検体,最大濃度0.00076 mg/m3;[1996年度,環境省]7)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数(フェノール類として測定);原水 0/5202地点,浄水 0/5386地点;[2009年度,日本水道協会]8)9)
公共用水域
- 要調査項目存在状況調査:検出数2/101地点,最大濃度0.0004 mg/L;[2005年度,環境省]10)
- 化学物質環境実態調査:検出数10/114検体,最大濃度0.00067 mg/L;[2003年度,環境省]7)
地下水
- 要調査項目存在状況調査:検出数1/7地点,最大濃度0.0003 mg/L;[2005年度,環境省]10)
底質
- 化学物質実態調査;検出数23/29検体,最大濃度0.5 mg/kg;[1998年度,環境省]7)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数16/30検体,最大濃度0.062 mg/kg;[1998年度,環境省]7)
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適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 大気汚染防止法:特定物質,揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 水道法:水道水質基準0.005 mg/L以下(臭味防止の観点からフェノール類として設定)
- 水質汚濁防止法:排水基準5 mg/L(フェノール類含有量として設定)
- 水生生物の保全に係る要監視項目指針値:
河川及び湖沼(生物A;イワナ・サケマス域)0.05 mg/L
河川及び湖沼(生物特A;イワナ・サケマス特別域)0.01 mg/L
河川及び湖沼(生物B;コイ・フナ域)0.08 mg/L
河川及び湖沼(生物特B;コイ・フナ特別域)0.01 mg/L
海域(一般海域)2.0 mg/L
海域(特別域)0.2 mg/L
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
- 日本産業衛生学会勧告:作業環境許容濃度19 mg/m3(5 ppm)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献