■用途
フタル酸ビス(2-エチルへキシル)は、水に溶けにくく、常温で粘り気のある無色透明の液体です。合成樹脂を柔らかくする性質があり、主に塩化ビニル樹脂の可塑剤として使われています。フタル酸ビス(2-エチルへキシル)は、代表的な可塑剤で、その生産量は日本における全可塑剤の約半分を占めています。特に塩化ビニル樹脂を効率よく柔らかくするので、さまざまな軟質塩化ビニル製品の製造の際に使われており、製品によって異なりますが、10〜70%の割合で含まれています。います。軟質塩化ビニル製品は、壁紙や床材などの建材、電線被覆材、一般用や農業用のフィルム・シートなど、多方面で利用されています。
この他、フタル酸ビス(2-エチルへキシル)は、塗料、顔料や接着剤の溶剤としても使われています。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約150トンが環境中へ排出されたと見積もられています。ほとんどが中小の事業所を含むプラスチック製品製造業などの事業所から排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。この他、プラスチック製品製造業などの事業所から廃棄物として約3,400トン、下水道へ約0.013トンが移動されました。また、埋立地の浸出水からもフタル酸ビス(2-エチルへキシル)が検出されています1)。これは、埋め立てられたプラスチックから溶け出したものなどと考えられます。
■環境中での動き
環境中へ排出されたフタル酸ビス(2-エチルへキシル)は、大部分は大気中に浮遊する微粒子に吸着し、降雨などによって地表に降下すると考えられ、一部は化学反応によって分解されると推定されています2)。水中に入った場合は、主に微生物分解され、一部は水底の泥へ移動すると考えられます2)。また、下水処理場では、微生物分解や汚泥への吸着によって、約97%が除去されたとの報告があります2)。
■健康影響
毒 性 ラットに体重1 kg当たり1日2.5 mg及び5 mg以上のフタル酸ビス(2-エチルへキシル)を1週間、餌に混ぜて与えた実験では、5 mgで肝臓の細胞にある解毒酵素の活性の上昇が認められています3)。この実験結果から、TDI(耐容一日摂取量)は体重1 kg当たり1 日0.025 mgと算出され、これに基づいて水質要監視項目の指針値が設定されています4)。
また、雌雄のマウスに体重1 kg当たり1日144 mgのフタル酸ビス(2-エチルへキシル)を含む餌を与えて交配実験をしたところ、出産回数、出産生児数、生児出産率の低下が認められているほか3)、ラットに体重1 kg当たり1日37.6 mgのフタル酸ビス(2-エチルへキシル)を13週間、餌に混ぜて与えた実験では、雄のラットに精巣細胞への影響が認められています3)。このマウスとラットの実験結果から、TDIは体重1 kg当たり1 日0.04〜0.14 mgと算出され、これに基づいて水道水質管理目標値が設定されています5) 。
フタル酸ビス(2-エチルへキシル)は、シックハウス症候群との関連性が疑われていることから、厚生労働省ではこの物質の室内空気濃度の指針値を0.12 mg/m3 (0.0076 ppm)と設定しています6)。これも、ラットの精巣への影響を根拠としています6)。
発がん性については、ラットとマウスの実験では肝細胞がんの発生率の増加が報告されていますが、げっ歯類特有の発がんと考えられ、人間を含む霊長類では発生しないことが示唆されています7)。このため、国際がん研究機関(IARC)では2000年に、それまでグループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない)としていた評価を、グループ3(人に対する発がん性については分類できない)に変更しています7)。
なお、フタル酸ビス(2-エチルへキシル)の内分泌かく乱作用について、雌のラットに妊娠から授乳終了までの間、フタル酸ビス(2-エチルへキシル)を与えて、母親と生まれた子にどのような変化が起きるかを観察する1世代試験では、明らかな内分泌かく乱作用は認められませんでした8)。
体内への吸収と排出 人がフタル酸ビス(2-エチルへキシル)を体内に取り込む可能性があるのは、呼吸、食物や飲み水によると考えられます4)。食物から取り込む可能性は、可塑剤として使用されたフタル酸ビス(2-エチルへキシル)が樹脂から溶出する可能性があり2)、食品などに付着することによります。体内に取り込まれた場合は、すい臓から分泌された酵素によって分解され、代謝物に変化しますが、その代謝経路は動物種によって異なります2)。人では、代謝物は尿に含まれて排せつされると考えられます2)。
影 響 これまでの測定では、大気中や室内空気中からフタル酸ビス(2-エチルへキシル)は検出されていますが、室内空気濃度の指針値を超える濃度は検出されていません。呼吸に伴う人の健康への影響は小さいと考えられます。
水道水、河川や地下水からは水道水質管理目標値や水質要監視項目の指針値を超える濃度のフタル酸ビス(2-エチルへキシル)は検出されておらず、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響も小さいと考えられます。
なお、環境省が行った食事調査によると、家庭内の食事では最大値で食事1kg当たり0.33 mgのフタル酸ビス(2-エチルへキシル)が含まれていました9)。食事調査の結果は、水質要監視項目の指針値におけるTDIよりも十分低いものですが、調理用の塩化ビニル樹脂製手袋から溶出したものと考えられ、その使用自粛などの対策が進められています10)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、ミジンコの死亡を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.00077 mg/Lとしています7)。河川からこのPNECを超える濃度のフタル酸ビス(2-エチルへキシル)が検出されたことがあり、環境省は河川ではフタル酸ビス(2-エチルへキシル)を詳細な評価を行う候補としています。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、ミジンコの死亡及び繁殖阻害を指標として、河川水中濃度の実測値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)。同時に、フタル酸ビス(2-エチルへキシル)は水への溶解度が低く、その溶解度付近で生物に対して影響が現れるため、試験結果のばらつきが大きく有害性の強さが明確でないこと、さらに水中濃度も減少傾向がみられないことから、今後、さらなるデータの集積や水中濃度のモニタリング調査、それを用いた再評価が求められることを指摘しています2)。
この他、(独)産業技術総合研究所ではフタル酸ビス(2-エチルへキシル)について詳細リスク評価を行っています11)。
また、メダカを使った試験の結果では、まれに精巣内に卵母細胞のような細胞が現れたことが確認されていますが、受精率に悪影響を与えるとは考えられず、明らかな内分泌かく乱作用は認められませんでした8)。
| 性 状 |
無色透明の液体 水に溶けにくい |
生産量12)
(2010年) |
国内生産量:約140,000トン
輸 入 量:約16,000トン
輸 出 量:約7,900トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約150トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
| 事業所(届出) |
49 |
大気 |
98 |
| 事業所(届出外) |
50 |
公共用水域 |
1 |
| 非対象業種 |
1 |
土壌 |
1 |
| 移動体 |
− |
埋立 |
− |
| 家庭 |
− |
(届出以外の排出量も含む) |
| 事業所(届出)における排出量:約75トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
| プラスチック製品製造業 |
68 |
| 繊維工業 |
11 |
| 電気機械器具製造業 |
6 |
| ゴム製品製造業 |
5 |
| 一般機械器具製造業 |
3 |
| 事業所(届出)における移動量:約3,400トン |
移動先の内訳(%) |
| 廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
| 業種別構成比(上位5業種、%) |
| プラスチック製品製造業 |
48 |
| 繊維工業 |
12 |
| ゴム製品製造業 |
9 |
| パルプ・紙・紙加工品製造業 |
8 |
| 化学工業 |
7 |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,経口慢性毒性,生殖・発生毒性,生態毒性(甲殻類) |
| 環境データ |
大気
- 外因性内分泌攪乱化学物質大気環境調査:検出数19/20地点,最大濃度0.000034 mg/m3;[1999年度,環境省]13)
室内空気
- 内分泌攪乱化学物質室内空気調査:室外最大濃度0.00051 mg/m3,室内最大濃度0.0034mg/m3;[2001年度,環境省]14)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質管理目標値超過数;原水0/1535地点,浄水0/1957地点;[2009年度,日本水道協会]15) 16)
公共用水域
- 公共用水域水質測定(要監視項目):指針値超過数0/765地点(報告下限値0.006 mg/L);[2010年度,環境省]17)
- 要調査項目存在状況調査:検出数3/101地点,最大濃度0.0012 mg/L;[2005年度,環境省] 18)
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数3/65地点,最大濃度0.0008 mg/L;[2004年度,環境省]19)
地下水
- 地下水質測定(要監視項目):指針値超過数0/230地点(検出下限値0.006 mg/L);[2009年度,環境省]20)
- 要調査項目存在状況調査:検出数0/4地点(検出下限値0.0003 mg/L),検出数0/3地点(定量下限値0.001 mg/L);[2005年度,環境省] 18)
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数0/10地点(検出下限値0.0003 mg/L);[2004年度,環境省]19)
底質
- 内分泌攪乱化学物質環境実態調査結果:検出数23/24地点, 最大濃度66 mg/kg;[2004年度,環境省]19)
生物(貝)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/30検体(検出下限値0.1 mg/kg);[1999年度,環境省] 21)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数2/70検体,最大濃度0.1 mg/kg);[1999年度,環境省] 21)
生物(鳥)
- 化学物質環境実態調査:検出数0/10検体(検出下限値0.1 mg/kg);[1999年度,環境省] 21)
食事
- 内分泌攪乱化学物質に関する食事調査:家庭内食事;平均値0.063 mg/kg,最大値0.33 mg/kg;外食・インスタント食品;平均値0.074 mg/kg,最大値0.17 mg/kg;人工乳・離乳食;平均値0.068 mg/kg,最大値0.14 mg/kg;[2001年度,環境省]9)
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| 適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 室内空気汚染に係るガイドライン:指針値0.12 mg/m3 (0.0076 ppm)
- 水道法:水道水質管理目標値0.1 mg/L以下
- 水質要監視項目指針値:0.06 mg/L以下
- 地下水要監視項目指針値:0.06 mg/L以下
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類と同程度に有害(環境大臣指定)
- 日本産業衛生学会勧告:作業環境許容濃度 5 mg/m3
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献