■用途
ベンゼンは、19世紀前半にイギリスの科学者ファラデーによって、圧縮した鯨油の分解ガスからはじめて取り出され、その40年後に分子構造式が解明されました。この分子構造式は一般に「ベンゼン環」と呼ばれ、このベンゼン環を含むものを芳香族化合物といいます。「ベンゼン環」は、構造式が亀の甲羅に似ていることから「亀の甲」とも呼ばれます。
ベンゼンは、常温では特徴的な臭いをもつ無色透明の液体で、揮発性物質です。基礎化学原料として多方面の分野で使われており、ベンゼンから合成される代表的な化学物質には、スチレン(合成樹脂や合成ゴムの原料)、シクロヘキサン(ナイロン繊維の原料)、フェノール(合成樹脂、染料、農薬などの原料、消毒剤)、無水マレイン酸(合成樹脂、樹脂改良剤などの原料)などがあります。
なお、ガソリンの中に数%のベンゼンが含まれていましたが、低ベンゼン化が進められ、大気汚染防止法に基づく「自動車の燃料の性状に関する許容限度及び自動車の燃料に含まれる物質の量の許容限度」の改正によって、自動車用ガソリンのベンゼンの許容限度は、2000年1月より1%以下(体積比)になっています。また、たばこの煙にもベンゼンが含まれています。
常温で揮発性や引火性の高い物質であり、また発がん性もあるので、取り扱いには注意が必要ですが、私たちが日常生活でベンゼンに直接ふれる場面は少ないと考えられます。
■排出・移動
2010年度のPRTRデータによれば、わが国では1年間に約9,800トンが環境中へ排出されたと見積もられています。主に自動車やオートバイなどの排気ガスに含まれて排出されたもので、ほとんどが大気中へ排出されました。また、たばこの煙に含まれて家庭をはじめとする喫煙場所からも排出されました。この他、化学工業などの事業所から廃棄物として約800トン、下水道へ約2.3トンが移動されました。PRTR制度では推計されていませんが、ガソリンスタンドでガソリンを給油中に揮発して、大気中へ排出されるケースも考えられます。
ベンゼンは、大気汚染防止法で有害大気汚染物質の優先取組物質に指定され、事業者による自主的な排出削減が進められています。この自主管理に参加している事業者から大気中へ排出されたベンゼンの排出量は、1999年度は1995年度に比べて45%削減され、2003年度には1999年度に比べて73%削減されています1)。
■環境中での動き
大気中へ排出されたベンゼンは、主に化学反応によって分解され、7〜10日で半分の濃度になると計算されています2)。水中に入った場合は、主に大気中への揮発によって失われるほか、一部は微生物分解されると推定されています2)。しかし、土壌の深い層や地下水に侵入したベンゼンは、容易には揮発しません。
■健康影響
毒 性 ベンゼンは、変異原性の試験で染色体異常が報告されており、総合的に判断して遺伝子に対する障害性があると考えられています3)。また、疫学研究において、ベンゼンが人に白血病を引き起こすことに関して十分な証拠があるとされており3)、国際がん研究機関(IARC)はベンゼンをグループ1(人に対して発がん性がある)に分類しています。この他、高濃度のベンゼンを長期間体内に取り込むと、造血器に障害を引き起こすことが報告されています3)。
大気環境基準、水道水質基準や水質環境基準は、人がベンゼンを取り込んだ際の発がん性リスクから、「生涯にわたってその値のベンゼンを取り込んだ場合に、取り込まなかった場合と比べて10万人に1人の割合でがんに発症する人が増える水準」として設定されたものです3)4)。
また、ラットとマウスにベンゼンを103週間、口から与えた実験では、白血球及びリンパ球の減少が認められ、この実験結果から求められる口から取り込んだ場合のLOAEL(最小毒性量)は体重1 kg当たり1日18 mgでした5)。
この実験結果から、2008年に食品安全委員会は、ベンゼンのTDI(耐容一日摂取量)を体重1 kg当たり1 日0.018 mgと評価しました5)。また、発がん性のリスクについて、食品安全委員会は、体重1 kg当たり1 mgのベンゼンを生涯にわたって毎日、口から取り込んだ場合、全く取り込まなかった場合に比べて、白血病を発症する人の割合は100人当たり2.5人になると評価しました5)。これに基づくと10万人に1人の割合で白血病を発症する人が増えるベンゼンの摂取量は、体重1 kg当たり1日0.0004 mgと計算されます5)。
なお、参考として、食品安全委員会では、このTDIに基づく飲料水の濃度は0.045 mg/L(飲料水の寄与率10%、体重50 kgの人が1日当たり2 L摂水すると仮定)、10万人に1人の割合で白血病を発症する人が増える飲料水の濃度は0.01 mg/L と記載しています5)。
体内への吸収と排出 人がベンゼンを体内に取り込む可能性があるのは、呼吸や飲み水によると考えられます。体内に吸収された場合は、呼気とともに吐き出されたり、肝臓で酸化され、尿に含まれて排せつされるとされています2)。たばこの煙にも0.153 〜0.208 mg/m3のベンゼンが含有されており、喫煙者の吐き出す息や血液中のベンゼン濃度は、非喫煙者より高いことが報告されています6)。
影 響 大気中のベンゼンの平均濃度は、1997年度の0.0034 mg/m3から2009年度には0.0013 mg/m3と下がっていますが、一部で大気環境基準を超える濃度が検出されています。
水道水や河川からは水道水質基準や水質環境基準を超える濃度は検出されていませんが、土壌やかつて汚染が確認された地下水では今でもベンゼンが残っていることがあり、まれに環境基準を超える濃度のベンゼンが検出されています。また、ガソリンによる地下水汚染現場でも環境基準を超える濃度が検出された事例が報告されています7)。このような汚染された水を長期間飲用するような場合を除いて、飲み水を通じて口から取り込むことによる人の健康への影響は小さいと考えられます。
この他、(独)産業技術総合研究所ではベンゼンについて詳細リスク評価を行っています8)。
■生態影響
環境省の「化学物質の環境リスク初期評価」では、魚類の死亡を根拠として、水生生物に対するPNEC(予測無影響濃度)を0.053 mg/Lとしています9)。これまで得られた河川や海域の水中濃度はこのPNECよりも十分に低いため、この結果に基づけば水生生物への影響は小さいと考えられます。
なお、(独)製品評価技術基盤機構及び(財)化学物質評価研究機構の「化学物質の初期リスク評価書」では、魚類の成長阻害を指標として、河川水中濃度の推計値を用いて水生生物に対する影響について評価を行っており、現時点では環境中の水生生物へ悪影響を及ぼすことはないと判断しています2)。
| 性 状 |
無色透明の液体 揮発性物質 |
生産量10)
(2010年) |
国内生産量:約4,800,000トン(非石油系を含む)
輸 入 量:約54,000トン
輸 出 量:約330,000トン |
排出・移動量
(2010年度 PRTRデータ) |
環境排出量:約9,800トン |
排出源の内訳[推計値](%) |
排出先の内訳[推計値](%) |
| 事業所(届出) |
10 |
大気 |
97 |
| 事業所(届出外) |
1 |
公共用水域 |
3 |
| 非対象業種 |
8 |
土壌 |
0 |
| 移動体 |
80 |
埋立 |
− |
| 家庭 |
1 |
(届出以外の排出量も含む) |
| 事業所(届出)における排出量:約980トン |
業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
27 |
| 燃料小売業 |
17 |
| 石油製品・石炭製品製造業 |
15 |
| 輸送用機械器具製造業 |
14 |
| 鉄鋼業 |
13 |
| 事業所(届出)における移動量:約800トン |
移動先の内訳(%) |
| 廃棄物への移動 |
100 |
下水道への移動 |
0 |
| 業種別構成比(上位5業種、%) |
| 化学工業 |
98 |
| 輸送用機械器具製造業 |
1 |
| 石油製品・石炭製品製造業 |
0 |
| 倉庫業 |
0 |
| 電気業 |
0 |
PRTR対象 選定理由 |
発がん性,変異原性,経口慢性毒性,吸入慢性毒性,作業環境許容濃度,生態毒性(魚類) |
| 環境データ |
大気
- 有害大気汚染物質モニタリング調査:大気環境基準超過数1/436地点,平均濃度0.0013 mg/m3,最大濃度0.0035 mg/m3;[2009年度,環境省]11)
水道水
- 原水・浄水水質試験:水道水質基準超過数;原水 0/5217地点,浄水 0/5360地点;[2009年度,日本水道協会] 12)13)
公共用水域
- 公共用水域水質測定:環境基準超過数0/3458地点(報告下限値0.001 mg/L);[2010年度,環境省]14)
地下水
- 地下水質測定:環境基準超過数;概況調査0/3277本,汚染井戸周辺地区調査1/139本,継続監視調査4/367本;[2009年度,環境省]15)
土壌
- 土壌汚染調査:環境基準超過数(1991〜2009年度累積)582事例/10251調査事例;[2009年度,環境省]16)
生物(魚)
- 化学物質環境実態調査:検出数37/114検体,最大濃度0.088 mg/kg;[1986年度,環境省] 17)
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| 適用法令等 |
- 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法):優先評価化学物質
- 大気環境基準:0.003 mg/m3以下(1年平均値)
- 大気汚染防止法:特定物質,指定物質,有害大気汚染物質(優先取組物質),揮発性有機化合物(VOC)として測定される可能性がある物質
- 水道法:水道水質基準値0.01 mg/L以下
- 水質環境基準(健康項目):0.01 mg/L以下
- 地下水環境基準:0.01 mg/L以下
- 水質汚濁防止法:有害物質,排水基準0.1 mg/L
- 土壌環境基準:0.01 mg/L以下
- 土壌汚染対策法:特定有害物質,土壌溶出量基準0.01 mg/L以下
- 廃棄物処理法:特定有害産業廃棄物,金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準(汚泥)0.1 mg/L以下
- 海洋汚染防止法:有害液体物質Y類
- 労働安全衛生法:管理濃度1 ppm(20℃換算で3.2 mg/m3)
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注)排出・移動量の項目中、「−」は排出量がないこと、「0」は排出量はあるが少ないことを表しています。
■引用・参考文献
■用途に関する参考文献